若者の考えている事は判らん。といわずに感じてみるとですね。
今の時代はとても面白い動乱期であります。
おそらくここに生きている誰もが知らない領域での変化に晒されています。
過去に無いレベルでの事態が起きている場合、第一に参考にするべきは過去に在った時を参考にするのが近道かと。
<引用 > ゆかしき堂のブログ
私たちのご先祖様たちは、飢饉に備えて、食品の保存のことを考えてきました。
現代でしたら、缶詰や乾燥食品などが頭に浮かぶと思われますが、そんなものが無い時代においては、まず塩蔵食品がメジャーなものでした。
塩は、細胞の中の水分を吸収するからです。
たとえば、生魚に塩をかけて水分を取り、蛋白と繊維質だけを残して保存をするという干物がそうですね。
他にも燻製という手段を使ったりもしています。
しかし、日本人はそれだけの備えでは満足しませんでした。
用心に用心を重ねて、建築用材の中にも食品を塗りこんでいます。
土壁を作る時に入れる藁なのですが、これも藁の根元のほうを三センチぐらいの長さに切って、泥と混ぜて壁に塗り込めています。
飢饉になり、塩蔵食品や燻製食品や漬物も底をついてくると、壁を崩して藁を水洗いして、その藁をつぶしてもう一度、汁のように煎じて飲むのです。
実は、藁には澱粉質が含まれているのですね。
米そのものの保存では、籾の状態にしておいてもせいぜい十年、米だと三、四年で栄養価は半減します。
藁の根元近くには、米の7~8パーセントぐらいの澱粉質があって、これは百年、二百年の保存に耐えるのです。
さらに、里芋の茎を編んで天井に張った、芋ガラも食べます。
普段は天井材として、通気性もあり、保温力も強いものですが、長く天井材として使われることで煙も通って燻製状になります。
飢饉のときには、このような芋ガラも味噌汁に入れて食べました。
彼岸花を飢饉の際の食物(救荒性食物)。
<引用終わり>
はあぁぁなるほど救荒性しょくもつかー よっぽど喰うもんに困らないと
その読み解きは出来ないでしょうね。
なんせいつも食べてないんですから、よっぽど困らない限りはね。
情報 未だ 溢れています。
そして、過去のチェルノブイリから学べば、
政治などでは解決出来ない、その政治の大元の政府が無くなる時です。
さぁ 2016 大波小波呑み込んで波巡るまま精進しよう、今年なう。
なう。 教育どーよ? 平和を無視すんのか さすが奴隷教育エリートだな。

1 comment for “社会学的視点。”